189-衆-外務委員会- 水俣病患者の救済について

○田村(貴)委員 日本共産党の田村貴昭です。
水銀に関する水俣条約の締結に賛成します。
条約の名前に込められた世界の決意というのは、水俣病と同じような被害を繰り返してはならぬということであります。
その水俣病ですけれども、公式発表から半世紀たった今に至るも、多くの患者が苦しみ、そして救済を受けていません。
最初に、岸田外務大臣に伺います。
この条約には水俣の文字が冠されています。条約の意義について、また水俣病についての御所見を伺いたいと思います。


○岸田国務大臣 我が国としましては、水俣病のこうした経験を踏まえて、世界各国における水銀汚染対策の強化を進めるべきとの立場から、本条約の交渉に積極的に参画してきました。
特に、水俣病と同様の健康被害及び環境汚染が二度と繰り返されてはならない、こうした強い決意を示すために、我が国は、条約採択の外交会議を我が国に誘致いたしました。また、同様の観点から、この条約の名称を水俣条約とすることを提案し、そして各国の幅広い賛意を得た次第です。
本条約は、水銀が人の健康及び環境に及ぼすリスクを低減するための包括的な規制を定める重要な条約であると認識をしております。本条約の締結によって、水俣病の経験を有する我が国として、水銀から人の健康と環境を保護するための国際的取り組みの推進に積極的に貢献していきたいと考えております。


○田村(貴)委員 水俣病の公式確認から五十九年、水俣病認定の判断基準のハードルは高くて、認定患者となったのはわずか三千人足らずであります。
二度にわたる政治的解決が図られ、二〇一二年七月末に申請が締め切られた特措法では、六万五千百五十一人が申請をしました。このうち九千六百四十九人の方が対象外とされ、六千十三人の方は、療養費のみの支給となって、一時金を受け取ることはできませんでした。
政府があたう限りの救済とうたった特措法でも対象から外され、また申請に至らなかった人が、今、裁判を通じて救済を求めています。ノーモア・ミナマタ第二次訴訟の原告は日増しにふえて、先月、第八陣の提訴時には一千一名、一千名を突破しました。
北村環境副大臣、お越しでございます。お尋ねします。
いまだこれだけ多くの患者が、病気の体を押して、裁判を闘ってでも救済を求めている、この現状についてどのように受けとめておられますでしょうか。


○北村副大臣 お答えいたします。
公健法の未処分者数や、御指摘のありました特措法にかかわる訴訟を提起されている方が大変増加しているという事実については、行政として重く受けとめているところであります。
環境省といたしましては、水俣病による被害の深刻さをしっかりと認識した上で、世界全体で二度と同じ過ちを繰り返させない、地域の皆様が安心して暮らせる社会を実現する、そのために、真摯に考え、水銀対策、水俣病対策に取り組んでまいりたいと考えているところでございます。


○田村(貴)委員 特措法の申請期間は、二〇一〇年の五月から二〇一二年の七月末のわずか二年余りでありました。患者団体や日本弁護士連合会初め、申請を締め切るなと多くの声が上がったにもかかわらず、政府は二年で申請を打ち切りました。
私は、九州・沖縄ブロックの選出であります。候補者の時代から水俣病患者さんの声を聞いてまいりました。ノーモア・ミナマタ第二次訴訟の第八陣提訴の四月三十日、熊本県で原告や患者さん、被害者の方と直接会ってお話を伺ってまいりました。
ためらいがあって特措法に手を挙げられなかった、特措法の制度そのものを知らなかったと申請をしなかった人たちが、今度、原告に多くおられます。つまり、特措法でうたったあたう限りの救済というのは、至らなかったわけであります。
申請を二年で打ち切るべきではなかったのではないでしょうか。いかがでしょうか。


○北島政府参考人 お答えいたします。
特措法におきましては、「早期にあたう限りの救済を果たす見地から、相互に連携して、救済措置の開始後三年以内を目途に」「対象者を確定し、速やかに支給を行うよう努めなければならない。」とされていたところです。
また、当時の環境大臣や関係県の知事も、テレビ等を通じて広く呼びかけるとともに、チラシやパンフレット等で広範に御案内するなど、心当たりのある方は誰でも申請いただくよう周知、広報に努めたところでございます。
さらに、平成二十四年七月三十一日までに申請書を提出していただければ、ほかに必要な申請書類等の提出は後日でも認めるなど、柔軟な対応に努めてまいりました。
このようなさまざまな取り組みによって、特措法に定めるあたう限りの救済のため、行政としてできる限りの努力を行ったものと考えており、現に、六万五千人もの方に申請いただき、三万八千人もの方が救済対象となったことは、水俣病問題において大きな前進であったと認識しております。

○田村(貴)委員 全てを否定するものではありませんけれども、たくさんの問題があります。
こんな指摘もあります。原告の方です。水俣市の六十六歳女性。両親は水俣病で救済されています。お姉さんは鹿児島大学で一時間の診察を受けて該当となりました。ところが、自分たち妹は公立病院でわずか数分の診察で非該当となった。感覚障害の検査でも腕のつけ根と指先などの比較の検査はなかったとずさんな検診を批判されています。審査のあり方を初め、この特措法ではいろいろ問題があったのではないかと私は思います。
その特措法では、一万人近くの方が対象外となりました。悲しんでいる人、悔しい思いをされている方、水俣病の救済は今からどうやっていったらいいんでしょうか。


○北島政府参考人 特措法の救済措置につきましては、法律に基づいて、申請受付期限終了後は申請を受け付けることはできませんが、公害健康被害補償法に基づく認定申請は引き続きお受けしております。
また、特措法の対象外となった方に対しましては健康管理事業を実施しているほか、今回の救済措置に申請されなかった方を対象として、健康不安を訴える方に対しても健診を実施するなど、お一人お一人のニーズに対応した事業を進めてまいります。


○田村(貴)委員 唯一ある救済策が公健法に基づく水俣病認定申請ということであります。
では、その公健法認定審査数はどういう状況になっているでしょうか。未処分者数の状況について述べてください。


○北島政府参考人 お答えいたします。
公健法未処分者数は、平成二十七年三月末時点で千六百六十人でございます。


○田村(貴)委員 千六百六十人の方が救済認定を求めておられます。申請を受けて、審査会の開催状況はどうなっていますか。


○北島政府参考人 平成二十五年四月以降の各県市の公健法認定審査会の開催状況について申し上げます。
熊本県に関しましては、平成二十七年三月に委員の任期更新等のために開催されたのみであると承知しております。鹿児島県に関しましては、平成二十六年十一月及び平成二十七年三月に開催しております。新潟県、新潟市に関しましては、平成二十七年三月に新潟県・新潟市公害健康被害認定審査会の参考人による意見報告がなされております。


○田村(貴)委員  国の審査会、臨水審の状況についてはどうでしょうか。漏れていませんか。


○北島政府参考人 臨水審におきましては、総合的検討の具体化通知に沿った審査を二回開催しております。


○田村(貴)委員 そこでの結果について、もうちょっと詳しく述べていただけませんか。どれだけの方が該当になったのか、棄却された方は何人なのか。


○北島政府参考人 十一名が棄却され、一名が保留となっております。


○田村(貴)委員 一番多い一千七人もの申請者を抱える熊本県では、一昨年の三月から審査会そのものが開かれていません。臨水審や鹿児島では、開かれているものの、認定を受けた方は鹿児島でわずか一名であります。つまり、一千六百六十名の方が行政認定を申し込んでいるけれども、審査会が開かれていない。開かれたとしても、ほとんど棄却か保留となってしまう。
五月二日の朝日新聞で紹介されていた人がいます。熊本県の四十九歳の方なんですけれども、一度目の行政認定は二十年かかって棄却された。二度目の申請では既に八年間待たされている。
一体いつまで待ち続けなければいけないんですか。唯一の救済策がこんな調子でいいんですか。では、あたう限りの救済はどうやって果たすんですか。裁判を闘えということなんでしょうか。御答弁いただきたいと思います。


○北村副大臣 現在、平成二十五年四月の最高裁判決を踏まえ、臨時水俣病認定審査会において、昨年発出した総合的検討の具体化通知に沿った審査を進めているところでございます。
臨水審は、関係県市における審査の参考となることも念頭に置いたものでありまして、昨年十一月には鹿児島県の認定審査会も再開され、この通知に基づいた審査をいただいているものと承知をいたしております。
認定審査会の開催については各自治体において判断されることでありますが、残る県、市においても審査を再開する準備を進めていると伺っているところであります。
環境省と関係県市が二人三脚となって公健法の丁寧な運用を積み重ねることが重要であると認識をいたしているところでございます。


○田村(貴)委員 それでは全然追いつかないと思います。
審査会が開かれず、救済を妨げてきたのが、政府がかたくなに患者認定の根拠とする昭和五十二年判断条件であります。そして、昨年の三月七日に出した「公害健康被害の補償等に関する法律に基づく水俣病の認定における総合的検討について」と題する運用指針であります。
一昨年の四月、水俣病の認定をめぐって画期的な判決が最高裁判所で下されました。最高裁判決は、政府が水俣病の認定の根拠としてきた昭和五十二年判断で定めた複数症状の組み合わせがなくても、証拠を総合検討した上で、個別の判断で水俣病と認定する余地を認めたわけであります。これは、水俣病として認定されるべき患者が厳しい認定基準によって切り捨てられてきたことを裁判所が厳しく指摘したものであります。
ところが、政府は、この最高裁判決が昭和五十二年判断条件は否定していないとし、これを前提として、新指針、新通知を出したわけであります。
そこで、お伺いしますけれども、これまで行政認定された患者さんは約三千名であると聞いています。では、申請をした人は一体何人に上るんでしょうか。


○北島政府参考人 お答えいたします。
水俣病について公健法の申請をされた方々の数は、平成二十七年三月末現在で累計三万二千七百七十七人でございます。

○田村(貴)委員 三万二千人を超える方が申請をして、そして認定された方が三千名。いかに昭和五十二年判断基準が厳しくて、そして被害者を救済する上で実態に合っていないかということがうかがえます。
そして、新通知では、感覚障害だけで水俣病かどうかを判断するときは、有機水銀に汚染された魚介類を多食したことを確認して、有機水銀の体内濃度などを検討することを求めています。
これは、できますか。四十年前、五十年前、あるいはそれ以上昔のへその緒を提出することができるのか。お母さんの髪の毛がどうやって探し出せるのか。できるわけないじゃないですか。
二〇一三年の四月の最高裁判決で昭和五十二年判断は否定されたにも等しいと日弁連も意見を上げています。最高裁判決を曲げて、幅を狭めてハードルを高くしていると、患者団体、多くの関係者から強い批判の声が上がっています。
昭和五十二年基準と新指針は改めるべきだと思いますけれども、いかがですか。


○北村副大臣 公健法の運用についてでありますが、平成二十五年四月の最高裁判決において昭和五十二年判断条件は否定されてはおらず、水俣病の認定に当たっては総合的検討を行うことが重要であることが改めて指摘されたことを踏まえた上で、現行の認定基準である昭和五十二年判断条件に示されている総合的検討をどのように行うかを具体化した通知を昨年三月に発出したところであります。
環境省としては、最高裁判決を踏まえた通知に沿って臨水審において丁寧な審査を積み重ねているところでありまして、昨年十一月には鹿児島県の認定審査会も再開をされました。この通知に沿って審査をいただいているものと承知をいたしているところであります。
環境省としては、今後も、関係県と二人三脚となって、公健法に基づく丁寧な審査を行ってまいりたいと考えております。


○田村(貴)委員 丁寧な審査という言葉は厳し過ぎる判断基準である。一割の人しか認定されていないんですよ。これが唯一の救済策なんですよ。そんなかたくなな態度では、水俣病はいつまでたっても解決しないと思います。
患者さんの声を紹介したいと思います。
Tさん、一九七二年生まれの四十三歳です。昭和四十七年生まれです。熊本県の芦北町で生まれ育っています。指定地域であります。特措法では、暴露が認められないと非該当となりました。四歳年上のお兄さんは該当しています。おじいさんは認定患者で、両親は九五年の政治決着で救済を受けています。五歳のころから耳鳴りがし、七歳で手の震え。甘いものがわかりづらい味覚障害。風呂のお湯の温度がわからない。病院では水俣病と診断を受けています。
特措法では、一九六九年十二月以降に生まれた人、つまり今まで対象となっていない方が、この特措法で対象となった、該当された方がいるのか、これについてお伺いしたいと思います。


○北島政府参考人 昭和四十四年十二月以降出生された方で救済対象となった方は六人おられます。

○田村(貴)委員 これまでの年齢による線引きを超えて六人の方が救済されているんだったら、少なくとも年齢による線引きはもうやめるべきではないでしょうか。
チッソが工場排水を停止したのは昭和四十三年です。国が水俣病を発症する可能性がなくなったとするのは翌年の昭和四十四年です。しかし、海底は水銀汚泥でどろどろですよ。熊本大学の研究班が魚から高濃度の有機水銀を検出したのは昭和四十八年であります。やはり、ここの魚介類を食べたら水俣病になるというのは、これは素人が考えても当たり前じゃないですか。
地域における線引きも見直すべきだと思います。
特措法の対象地域でないところ、例えば熊本県の天草市などで、特措法の申請をして該当された方はおられますか。部長、いかがですか。

○北島政府参考人 お答えいたします。
確かにいらっしゃいますが、正確な人数は手元にございません。


○田村(貴)委員 正確な人数はいいですけれども、該当者がいるということです。ですから、これまで国が、環境省が基準としてきたところの年齢や地域の線引きを超えるところでの該当者がいるということは、これはやはり多くの潜在的な患者さんがいるということではないでしょうか。
昨年十一月に行われた水俣病健康被害一斉大検診、これで九七%の人に水俣病の症状があったと報告をされています。民間が行うこの大検診で水俣病と診断され、公的検診を受けて特措法で救済された方もたくさんおられるわけです。大検診の結果を環境省としてはどのように受けとめておられますか。


○北島政府参考人 水俣病対策の推進に当たりましては、水俣病を正しく知っていただくことが重要であると認識しております。環境省といたしましても、関係県市と連携しながら情報発信に努めているところでございます。
健康に不安を持たれている方につきましては、公健法のみならず、健診等を行うフォローアップ事業に申請いただくことが可能であり、こうした情報についても、今後も、関係県市と連携しながら、引き続き提供してまいりたいと考えております。


○田村(貴)委員 ちょっとお答えになっていないと思いますけれども、時間がありませんから進みます。
昔から指摘されてきたことなんですけれども、水俣病被害者の実相をつかまずして対策は立てられません。これは熊本県も、実態調査をやってくれとずっと言い続けていますよね。今こそ、不知火海沿岸での実態調査と公的検診が必要ではないでしょうか。副大臣、いかがですか。


○北村副大臣 特措法においては、政府は、メチル水銀が人の健康に与える影響等に関する調査研究を行う、その実施のため、まずは手法の開発を図ると定められております。
このため、調査研究の実施のための手法の開発に向けて、有効な診断方法の開発、患者の症状の経年的変化等の把握、水銀への暴露の量と症状等の関係の解明等の課題について、基礎的知見を得るために研究を行っているところであります。
具体的には、国立水俣病総合研究センターにおいて、脳磁計等を活用した客観的な診断方法の開発を行っておりまして、また、環境省においては、メチル水銀に関する最新の研究の国際的な文献調査等に取り組んでおるところでございます。
水俣病の公式確認から五十九年が経過をいたしました今日、メチル水銀の健康影響に係る調査研究の手法開発は大変困難な作業でありますが、新たに最新の医療技術を用いた水俣病の治療法の向上に係る取り組みも含め、引き続き、水俣病に関する各種調査事業を着実に進めてまいりたいと考えているところでございます。


○田村(貴)委員 簡単なことなんですよ。検診したらいいんです、全ての沿岸住民に。そして、救済策を求めて、該当される方が多かった、これが歴史なんですから。ぜひやっていただきたいと思います。
熊本県で、原告それから支援者の声を聞いてまいりました。
天草市倉岳の男性。自分は特措法で該当となりました。しかし、同じ地域で育った妻は、魚の多食を個人の漁師の証言であったために非該当となりました。裁判に参加しています。特措法には申請しなかった母親も原告になった。家族の救済のために頑張っていきたい。
上天草市姫戸の男性です。ここは第二次訴訟で原告が最も多い地域であります。特措法の申請をなぜしなかったのか。水俣病患者がいると風評被害を受けると昔から伝えられてきた、だから、手を挙げることができなかった。自分は特措法で該当となったけれども、地域の数百人の原告全員の救済のために支援するということであります。
いろいろなしがらみ、それから地域の偏見とか誤解、そうしたものを乗り越えて手を挙げてくる方が今多くなっています。ためらいが勇気に変わってきています。自分も家族も救済してほしいが、同じ症状で苦しむ集落や地域の者の全員救済を求めています。相当の住民が取り残されていると私たちは考えています。
これから、潜在的な患者さんが、また裁判の判決によって救済され、さらに声を上げて救済を求めていくと考えていますけれども、環境省はこうした動向をちゃんと見据えておられるでしょうか。いかがでしょうか。


○北村副大臣 特措法によりまして、一時金対象者、療養費対象者を合わせて約三万八千人の方々が救済の対象となったことについては、水俣病問題において大きな前進であったと認識をいたしております。
環境省としては、今なお苦しんでいる方々がいらっしゃるという事実は重く受けとめておりまして、今後も水俣病問題に真摯に向き合ってまいりたいと考えております。
引き続き、関係県市と連携しながら、地域の人々が安心して暮らせる社会を実現できるよう、しっかりと取り組みを進めてまいりたいと考えております。


○田村(貴)委員 これから潜在的な患者さんがもっと声を上げていく、そういう認識に立っていただきたいと思います。
それから、ここを確認しておきたいんですけれども、チッソの子会社、JNC株の売却についてです。
特措法では、環境大臣が承認すれば、チッソはJNC株を上場、売却して、会社を清算することができます。それはすなわち、水俣病の幕引きを促進するものであります。チッソが加害企業として水俣病の損害賠償責任を全うしていくことは当然のことであります。被害者団体も強く株式売却に反対しています。
これまで環境大臣は、今の状況の中で承認できる状況にないと言明されてきていますけれども、今の段階では、環境省、いかがでしょうか。


○北村副大臣 チッソの株式譲渡につきましては、水俣病特別措置法第十三条において、「救済の終了及び市況の好転まで、暫時凍結する。」こととされております。
環境省といたしましては、現状において救済の終了とは言いがたく、株式譲渡を承認できる環境にはないと認識をいたしております。


○田村(貴)委員 それはわかりました。
副大臣、もう一つお答えいただきたいと思います。
あたう限りの救済方針に変わりはございませんか。環境省は、今後どうやって、患者、被害者、家族の苦しみ、その願いに応えていかれるんでしょうか。環境省としての決意をお伺いしたいと思います。


○北村副大臣 水俣病は、環境が破壊され、大変多くの方が健康被害に苦しまれてきた、我が国の公害、環境問題の原点となる問題であります。
行政としては、その時々に、関係者と協力をしつつ、できる限りの努力をしてきたつもりでありますが、公式確認から五十九年が経過した今もなお、この問題に苦しんでいる方々がいらっしゃることは重く受けとめております。
環境省としては、公健法の適切な運用を積み重ねていくことが重要であると認識をいたしており、今後も、関係県市と二人三脚、水俣病対策に取り組んでまいりたいと考えております。あわせて、地域の人々が安心して暮らせる社会を実現するための取り組みを進めてまいります。
以上であります。


○田村(貴)委員 外務大臣に、最後、お伺いします。
水銀に関する水俣条約の締結に際して、日本は条約の作成段階から積極的に参加されてきました。二度と水俣病のような健康被害を世界で繰り返してはならない、この世界と日本の決意が見直されるためにも、きょうずっと私はお話ししました、いまだ解決にはほど遠い水俣病の被害者の救済を一日も早くなし遂げていただきたいと思います。安倍政権として取り組んでいただきたいと思います。政府一丸となって、これだけ多くの患者さんがまだ苦しんでいる、救済のために力を尽くしていただきたいと思いますけれども、お伺いしたいと思います。


○岸田国務大臣 まず、先ほど来委員の質疑を聞いておりまして、水俣病が大変大きな惨禍をもたらし、そして、今もなお多くの方々がこの問題で苦しんでおられるということについて、大変重く受けとめなければならないと考えます。水俣の名を冠する本条約を契機として、改めて、政府として、水銀がもたらす健康被害について真摯に考え、そして取り組んでいくべきであるとの強い思いを持つに至っているところです。
そのためにも、水銀から人の健康と環境を保護するための国際的取り組みの推進に積極的に貢献することが重要であると考えます。本条約の実施に当たって、外務省としましても、関係省庁としっかりと連携しつつ、しっかり取り組んでいきたいと考えます。


○田村(貴)委員 あたう限りの救済を、文字どおり実践してください。
質問を終わります。